このブログですでに2回取り上げた伊藤比呂美さんの「うまし」。お餅のとけしのブログとしては、日本語の美しく軽快な文章を紹介するというテーマで書いてます。
とっくの昔に読み切ったのですが、いまだにこの文章に触れたくてちょこちょこ読み直してしまいます。よくもまぁこんな表現が出てくるなと。一つの食べ物で3ページほどのエッセイ。それを集めたエッセイ集です。今回は「卵サンドの玉手箱」というエッセイをご紹介します。
卵サンドの玉手箱
「ある日、羽田空港の出発ロビーで目を留めた。小さい箱で七百円。卵サンドとしてはバカ高かった。かつサンドと同じくらいだ。なぜそんなに高いかとためらいはしたが、それだけの理由がなくちゃここで売ってないだろうと、素直に考え、買って食べて驚愕した。ゆで卵マヨだけじゃなく、だし巻き卵。それが甘い。塗ってある辛子が辛い。パンがどこまでも柔らかい。キラキラと空港のガラス越しに差し込んだ光が、そこで四角く固まったような食べ物だった。羽田空港に行くたびにもう一度アレを食べようとしているのだが、どうしても買えないのだ。時間に追われて売ってるのを横目に見ながら走り過ぎることもあった。売ってるところがみつからないこともあった。ただただ切歯扼腕した。そうこうするうちに、アレはいったい何だったんだろうと疑問が湧いてきた。キラキラして甘くて辛くて柔らかかった。卵サンドを買ったとわかってなければ、卵サンドと思わなかったかもしれない。いや、もしかしたらほんとにそれは卵サンドじゃなく、食べ物でもなく、玉手箱のようなものだったかもしれない。そういえば、サンドイッチの箱なんて形も大きさも重たさも玉手箱にそっくりだ。開けても食べてもいけないものだったのかもしれない。」
語彙力と余韻
「買って食べて驚愕した」とか、「それが甘い。塗ってある辛子が辛い。パンがどこまでも柔らかい」リズム感がありますよね?韻をふんでるし、グルーブがあるし、そのままラップの歌詞にできそうだし(笑)。あとは、「キラキラと空港のガラス越しに差し込んだ光が、そこで四角く固まったような食べ物だった」ここですね。いやぁ、、いい。このあたりが伊藤さんの真骨頂って感じですね。今このブログを書き終えたましたが、アマゾンで伊藤さんの別作品を発注しました。それでは、また。