美しくて軽快な日本語2|世田谷のうなぎ

日本語

「ついにあたしは蕎麦屋行きを決行した。そのためだけに町なかに出て、掌に汗をかきながらがらりと戸を開け、お一人ですかと聞かれ、はいと答え、掌を握りしめて注文して(穴子天もり)ちょんつるると食べ終えた。実は、食べた気がしなかった。蕎麦全体も天ぷらも、人と食べたときの方がずっとうまかった。ただ達成感だけがあった。ついにやった、一線を越えたという。越えてみたらそこには、広い青空のような虚無があった。などと、東京でもう何十年と一人暮らしをしている友人の平田俊子(詩人である)に話したら、「あたしなんか一人でどこでも入れる。昨日は一人でカフェに入ってカプチーノを飲み、一人で台湾料理屋に入って魯肉飯(ルーローハン)を食べ、一人でロックバーに入ってジミヘンやサンタナを聞きながらバーボンを飲んだ」と言われ、思わず、センセイ弟子入りさせてください、と叫んだあたしである。」

情景が見えてしかもお洒落な日本語

前半の伊藤さんの一人で蕎麦を食べた感想も好きなのですが、やっぱり後半の平田さんのセリフ。なんかリズムがありますよね?「良い文章は、なるべくコンパクトに、短く」と言われたりしますが、ケースバイケースですよね。「昨日は一人でカフェに入ってカプチーノを飲み、一人で台湾料理屋に入って魯肉飯(ルーローハン)を食べ、一人でロックバーに入ってジミヘンやサンタナを聞きながらバーボンを飲んだ」全然コンパクトじゃないですよね(笑)。でも、全然読めます。絶対計算してると思うのですが、「カフェに入ってカプチーノ」から「台湾料理屋に入って魯肉飯」からの「ロックバーに入ってバーボン」カタカナ→漢字(しかも馴染みのない漢字)→カタカナに戻ってきます。この表現の広さ、隠し味が世界観の深さにつながっています。

世田谷のうなぎ

このエッセイでは、伊藤さんは「う」という全編うなぎを食べるだけの漫画にはまり、ずっとうなぎを食べたいと思っていたそうです。そして世田谷の大学に講演の打ち合わせで行ったとき、ランチでうなぎの出前が出されました。ブログに好きだと書いてたからだと大学側が用意したようです。そこからの文章だと思ってお読みください。「あたしは息を呑んだ。打ち合わせなんか上の空で、蓋を開け、うち震え、おそるおそる口の中に運びいれたと思ってください。それが!うなぎの身は柔らかい上にも柔らかかった。雲を食べてるようであった。タレはきりりっと引き締まっていた。潔くてすがすがしかった。雲の中には滋養がみっしりとつまり、それでいて引き締まった感じは、まるで日照りがつづいた後の雨雲のようであった。雷鳴のようにタレが響いた。愕然とした。衝撃だった。」
いやあ、、、。いいですね。いいですよね?それでは、また。

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