美しく、軽快な文章6

武田砂鉄

これまでに、「美しく軽快な日本語」という事で5回ほど記事にしてきました。その名のとおり、私が美しく軽快だなぁと思った文章を紹介。そして文章の作者は伊藤ひろみ→伊藤ひろみ→伊藤ひろみ→村上春樹→伊藤ひろみという、ほぼ伊藤ひろみさんのみ取り上げるという偏った紹介をしてきました。なぜそうなるかというと、自ら課したテーマである、「美しい」が難しかったからです。

美しいとはいえないが、軽快な文章

今回はこういう切り口で書いてきます。武田砂鉄さんというコラムニストの方の文章を紹介します。様々な媒体で文章を書いてる方で、ついつい読んでしまうパワーがあります。日経MJで毎週水曜日にコラムが載ります。第231回の「ゴゴゴバリッゴゴゴ」というコラムを紹介します。

第231回 ゴゴゴバリッゴゴゴ

空の旅が終わり、もうまもなく着陸態勢に入ります、とのアナウンスが入ると、窓に顔を貼り付けるように外を眺める。眼下の風景がどんどん認識できるようになる。ゴルフ場、川、ビル、車、自転車・・・その場所の暮らしが短い時間にどんどんクリアになるのが好きなのだ。そこを走っている車は、まさか上空を飛んでいる飛行機の9列目・窓側の席の男にチェックされているとは思ってないだろう。でも、私はあなたを見ているのだ。

都市部に近い飛行場だと、こんな街中に降りてしまって大丈夫だろうかと不安になる。海に近い飛行場だと、もうすぐ海面ってくらいの距離に降りてるけど大丈夫なのだろうかと不安になる。つまりどんな着陸であっても不安になるのだ。そもそもこんな大きなものが飛ぶはずはないという疑問への、満足のいく答えをもらってない。飛ぶはずのないものが、飛び、着陸している。離陸も着陸もなかなかの音を出す。気合いで離陸し、気合いで着陸する。

電車やバスからはあの手の気合は感じられない。飛行機からは「ゴゴゴ」という音がする。「ゴゴゴバリッゴゴゴ」みたいな音だと、「今のバリッはなに?」と少し動揺する。飛行機には気合いの部分が残る。

独自の視点

文章も良いのですが、独特の視点がたまりません。「飛行機の8列目・窓側の席の男にチェックされているとは思わないだろう」のところとか。おっと一列間違えました笑。でも直しません。あとは、「電車やバスからはあの手の気合いは感じられない」のとこですね。電車と気合いの関係については、ほとんど人が考えない視点です笑。こういう意外性のある組み合わせを提示するところが、面白い文章に不可欠なのかもしれません。それでは、また。

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